春の味覚を代表する野菜、えんどう豆―。
なかでも、香り高く甘みが特徴の『紀州うすい』は和歌山が生産量日本一を誇る伝統野菜です。
紀州・みなべ町でえんどう豆農園を営む川西省吾さんに農園のあゆみと『紀州うすい』にかける想いをお聞きしました。
[前編]
家業として代々続いていた農園を引き継ぐ以前、川西さんは10年ほど商社マンとして農産物の輸入に取り組んでいました。
「当時、野菜の仕入れのため中国や東南アジアを訪れていました。しかし現地で見たのは、農薬に対する十分な知識のない人々が、生産性を高めるためだけに何の抵抗もなく農薬を大量に使用している姿。外国語の読めない人々が日本語表示の農薬を危険な方法で使う光景を目の当たりにして、ここで作られている野菜はとても安心して食べられるものではない、と危機感を感じたんです。農家の息子として身近に農業を見てきた立場としては、『自分がこの現状をなんとかしなくては』という思いに駆られました。そうした葛藤が積み重なり、ついに自分自身が農業に携わる決意をしたのです」
国産品に比べ安価に手に入る外国産の野菜。
しかし、それと引き換えに「食の安全」を失うことを、川西さんは見過ごすわけにはいきませんでした。農業への従事を決意してからは、徹底した「減農薬」「有機栽培」にこだわります。
「現在は、農薬は通常の半分以下、化学肥料は全く使わない栽培方法で、唯一和歌山県から『特別栽培農産物（※）』の認定を受けています。使っている肥料は、たい肥をメインに米ぬかなどの有機質肥料をプラスしたもの。じつは、毎年わずかに配合を変えながら今も研究を続けているんですよ。今年はおからや食物残渣を発酵させた『ぼかし肥料』を加えてみましたが、効果にも手ごたえを感じています。毎年、お客さんが期待している以上の美味しさを届けたいという思いで、川西農園の『紀州うすい』は進化し続けているんです」
突き詰めれば答えや完成形のない農業の世界。
より良く、より美味しいものを作るための川西さんのこだわりは、土を見れば一目瞭然です。
「本来、土の中にはさまざまな昆虫や微生物、有用な菌がいて、彼らの食物連鎖が保たれていることで良い畑ができます。ところが農薬を使って虫や菌を殺してしまうと、テントウ虫や蜘蛛といった益虫、土中の良い菌まで殺してしまうことになる。すると土中の生物のバランスが崩れてしまうんです。色々な虫が生きている健康な畑では、微生物や土中の菌が土の有機物を分解しながら植物に必要な栄養分を作り出し、活動していることで、土の中には空気の層ができるんです。だからこそ植物がぐんぐん根を張って、美味しく育つことができるんですよ」
試しに土の中に指を入れてみると、すぅーっとなじんでいく柔らかさ！
農薬に頼らずに畑を守るには手間もかかるけれど、川西さんはこの栽培方法にこだわり続けるといいます。
「農薬を使えば一撃のアオムシも、一匹ずつ手で潰すんですよ。とはいえ全部退治するにはとても手がまわらないので、大概は蜘蛛に任せます。あとは農業をやる限り、畑の２割は虫に食わせてやる、と思うことにしたんです。虫に食われることも、美味しい野菜を作る代償だと思えば耐えられる。豆一粒たりとも無駄にしたくないと思っていたら、農薬を使わずにはいられないですよ。もちろん最初の頃は、『虫のせいで収穫がゼロだったらどうしよう』と眠れない日が続きました。それでもギリギリまで農薬を使わない努力を続けて来たからこそ、今の農園環境をつくることができたんです。こればかりは、忍耐ですね」
効率や生産性を優先せず、丁寧に育てた作物。
自信を持って消費者に届けられるものなのに、それを伝える手段が確立していないことに農業の課題を感じているともいいます。
「特別栽培認定を受けている農産物だからといって、決して農協がよい条件で買い取ってくれる訳ではないんです。『紀州うすい』のように少量しかとれないものは、市場に出回るのが大変。今はインターネット販売がほとんどで、ほかは個人で契約して下さっている八百屋さんなどに出荷しています。また関東の方にとって『紀州うすい』は馴染みのない野菜ですから、食べ方を知ってもらうことも最初の関門。色々と飾り立てることはできますが、語れば語るほど、消費者はかえって混乱し興味を失ってしまうこともあります。本当に僕が伝えたいのは、『食べてみれば違いが分かる』という、この言葉だけなんですよ」
※ 特別栽培農産物：
農薬使用量を通常の半分以下に減らし、なおかつ化学肥料の使用も半分以下に減らした栽培方法で、県指定団体の確認検査に合格した農産物のみに与えられるもの。
川西農園園主／川西省吾さん
やさしさと安心の食を大切に、自家農園で紀州うすいと南高梅の生産を行う。
減農薬・有機露地栽培で作った紀州うすいは、和歌山県の特別栽培農産物の認定を受けている。
川西農園HP
http://minabe.ocnk.net/
